あの時庇ってくれた君の背中は、とても気高かった。





『ほっとけない』

自分を必要としてくれた。
―――嬉しかった。
戦う術も抗う力もないのに、必死に守ろうとしてくれた。
だから、とても心の強い子なのかと思ったんだ。

だけど、違った。
本当はとても揺らぎやすくて
一人ですぐに抱え込んでしまう
純粋で、優しい、

小さな小さな―――おんなのこ。

そんな彼女だったから、僕を助けてくれた時は本当に必死だったんだとわかって、逆にそれが嬉しかった。





――――でも。





君の視線はいつだって遠くを見つめていた。
僕じゃ、なかった。

君が好きだから。
大好きだったから。

誰よりも近くへ行きたかったんだ。
君の一番に、なりたかったんだ。





リゼルグは非常階段まで辿り着くと、壁に背をあずけ、ずるずると座り込んだ。
呼吸が乱れている。

「っ…」

嗚呼、どうして。
どうしてどうして。

ぐっと唇を噛む。
僅かに広がる、苦味。

どうして君が好きなのは、僕じゃないんだろう―――?

僕を選んで欲しかった。
好きになって欲しかった。
僕なら君を泣かせたりしないのに。
君を拒絶したりなんか、しないのに。
君を傷つけたりなんか、しないのに。
僕なら、
僕なら、
僕なら、

「…っ………」

…届かなかった。

部屋で泣いている君を見て。
蓮くんの言葉に傷ついている君を見て。
僕の心に湧き上がったのは――

この上なく卑怯な気持ちだった。



蓮くんに拒まれた今なら―――もしかしたら、僕を見てくれるんじゃないかと。



どうしようもなく、願ってしまった。

だけどその結果は。

「……っ、最低じゃないか、僕…!」

リゼルグは、腕の中に顔を埋めた。
胸に広がる痛みは、自己嫌悪かそれとも。

今まで必死に大人ぶって隠してきた本音が、分からず屋な心が、身体の奥で暴れている。

君が幸せならそれでいいなんて、言えない。
僕が願ったのは、君が僕を選んでくれること。
僕だけの君になってくれること。

「…っ…」

君が、好きだったんだ。
誰よりも。
君を、守りたかったんだ。
他でもない、この自分が。

薄暗い非常階段。
外から流れ込んできた風が、冷たく辺りを包み込んでいた。












□■□












俺は一体、何を望んでいたのだろうか。




ロビーへ降りると、葉とホロホロと竜が待っていた。

「―――あ、ようやく来たな、蓮。遅いぞ! って……あれ? リゼルグと、は?」
「………」
「…蓮…?」

「あ、おい、蓮!」

蓮は無言のまま、宿から飛び出した。
夜闇が視界一杯に広がり、冷えた風が頬にあたる。

走る。
ひたすら、走る。
夜の街が背後に吸い込まれていく。
人のざわめきが、遠くに聞こえた。

俺は、何がしたかった。
何故こんなにも、
こんなにも。

―――――離れたかったんじゃ、ないのか。

「…、おれ、は」

心臓が一際大きく波打つ。
言葉ほど確かなものはない。
態度や視線などよりも、ずっとずっと容易く現実を突きつける。

―――俺、は



否。
彼女を傷つけ、泣かせたのはこれが初めてではない。
そう、今までだって、何度も、何度も

置いてきぼりにして。
傷を植えつけて。
背を向けて。

伸ばされた腕を、何度振り払ってきただろうか。

「…っはは、…」

だから何度も何度も、拒んできたではないか。
それなのにお前は、俺から完全に離れようとはしなかった。

お前が、甘かったんだ
ただそれだけのこと。

大人しく、早くリゼルグの方へ行けば傷つかずにすんだものを。
いつまでも未練がましく引き摺りおって。
元の関係など、俺は望んではいないのに。
それがきみのためになるのだから

馬鹿、馬鹿だ、貴様は本当に、大馬鹿だ。

「は、はは、はっ……―――」





















「――――――――………っ…」









ならばこの苦しさは、何だ?









蓮は独り、唇を噛み締めた。












□■□












「……身の程知らずが二匹、か」

「…ハオさま、」
「ああ、大丈夫だよオパチョ。別に怒ってる訳じゃない」

くすくす
静まり返った闇の中、微かな笑い声が響き渡る。

――良い度胸じゃないか。

「まあその方が、僕としても動きやすいんだけどね」
「?」
「…そろそろ、潮時かな」

ハオは微笑を浮かべたまま、月を見上げた。

「まったく、どいつもこいつも……ちっちぇえな」










―――物語は、再び動き出す。